知らない人との会話には、話題の広さとは別に「深さ」という軸があります。今日の天気の話と、最近仕事を辞めようか迷っている話は、どちらも同じ会話ですが、明かしている自分の量がまったく違います。この深さの扱い方で、会話の後味はかなり変わります。
打ち明け話には速度がある
ふだんの生活では、相手を知るにつれて少しずつ内側の話が増えていきます。同じ職場の人と一年かけて、天気の話から家族の話へ進んでいく、というような速度です。ところが、名前も住んでいる場所も知らない相手との一回きりの会話では、この段階を飛ばすことができます。もう会わないのだから、という安心感が働くからです。
これは必ずしも悪いことではありません。誰にも言えなかったことを、たまたま話しかけた相手にだけ話せた、という経験には確かに意味があります。ただ、飛ばせるということは、片方だけが先に進んでしまうこともあるということです。
釣り合いが崩れたときに起きること
一方が深いところの話を続け、もう一方が浅いところにとどまっていると、会話は相談のような形に固まります。聞く側は親身に応じているつもりでも、だんだんその役割から降りられなくなり、自分の話をする隙を失います。三十分後には、疲れているのに切り上げ方も分からない、という状態になりがちです。
話した側にも反動があります。勢いで打ち明けたあと、相手が同じだけ返してくれないと、自分だけ丸裸になったような後ろめたさが残ります。翌日思い出して気まずくなる種類の後悔です。深さそのものではなく、傾きが問題なのです。
半歩だけ先に出す
実際にできることは単純です。相手が出したのと同じくらいの深さで返し、そこから半歩だけ先に出る。それを交互に繰り返します。
- 相手が事実を言ったら、こちらも事実を返す。「大阪です」に対して「東京です」。
- 相手が事実に感想を添えたら、こちらも感想を添える。
- 相手が迷いや不満を口にしたら、こちらも同じ種類のことを一つ出す。
返す量の目安として、相手が書いた長さや話した時間を見るのも手です。三行に対して二十行を返せば、それだけで会話は傾きます。また、重い話に入る前に「少し重い話になりますが、大丈夫ですか」と一言置くと、相手は受け取るか断るかを選べます。文字だけのやりとりでは相手の表情が見えないので、この前置きはとくに効きます。
速度が合わないとき
相手が最初から深いところにいることもあります。そのときは、受け止めることと、同じ深さで返すことを分けて考えてください。「それは大変でしたね」と受け止めたうえで、続きを事実の側から聞けば、自分の傷を差し出さずに会話は続きます。話す番が来ても、話したくないことは話さなくて構いません。
自分が先に行き過ぎたと気づいたときは、そこで止めて相手に話を渡せば戻せます。「長くなりました。そちらはどうですか」の一言で十分です。
逆に、相手がずっと浅いところで話している場合、それは拒絶ではありません。今日は軽い話をしたい日なのかもしれません。深い会話ほど価値がある、という思い込みは捨ててよいものです。好きな料理の話だけで終わった三十分も、十分に良い会話です。